前回からシリーズ化というものを始めて見ている。まだそちらの記事をご覧でない方のためにリンクを貼りたいのだが、やり方がまだイマイチ理解できていない。 前回の記事 ↑こちらの続き。こちらで書いている「何を思い立ってこんなに急にシューベルトをやろうと思ったか」という話の軸のうちのひとつをここに書こうと思う。 まず曲の第一印象。学生の頃に同期の演奏で初めて聴いたのだが、印象だけでいうと、「長い」。 ただ聴いた演奏がとてもよかったのもあって、割と早い段階で意味のある長さを持つ曲だと気付くことができた。 しかし、変奏曲という形式上、全ての変奏は最初のテーマを基準に変奏されているので(当たり前)、曲自体の「長さ」はそれなりにネックになってくる。ましてやシューベルトの変奏技法は(一言で表すのは本来好まないが)「さりげない」ので、彼の仕掛けたことは、奏者がかなり敏感に拾う必要があると感じた。それをまたこの長さでやるのとなると、やはり演奏家に委ねられている部分が大きい作品だと思う。 そして、自分に湧いてくる疑問は「こう言う難しさを持った曲を果たして自分はできるだろうか」と言うものである。言ってしまえば、サクソフォーンレパートリーにはないタイプの深みを持った作品だと感じたのである。(一応言ってはおくがサクソフォーン作品にも別ベクトルでそれなりの深さがあるのが大前提での話である。) こうして、この作品は自分の中で「フルートの人がよくやる曲」から「今の自分がまだ向き合えていない領域の曲」という、課題的な立ち位置になり、なんとなく「いつかやりたいことリスト」に追加されるのである。その「いつかやりたいことリスト」なるものが何故あって、なぜそんなものがあるのにすぐに動き出さないか、というのの説明となるのが自分の「体質」の話。次回予告。
Nikolas K. Wriston, Saxophonist / サクソフォーン奏者(サックス) 金澤ニコラス